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<2000年7月>
いまや超有名店となった島根県安来市のCAFE ROSSOを再訪した。
初めての訪問はCAFE ROSSO開店から1年余り経った2000年7月。オーナーの門脇洋之氏は父の経営する自家焙煎サルビア珈琲で幼い頃から珈琲の香りにまみれて育ち、
いつしか自らも珈琲の道を志したという。しかし彼の道は父と一線を画し、日本のコーヒー業界ではまだ馴染みの少ない、エスプレッソコーヒーの道を目指したのである。
バリスタ研修やバール視察と幾度かのイタリア訪問を繰り返した後、未だスターバックスコーヒーの名前も知らない山陰の町の郊外に、1999年6月、CAFE ROSSO は開店した。
そのカフェで特筆すべきは壁面にサルビアをモチーフにした模様を自らの手でびっしりと描いたことである。挽売コーナーは白い塗料で、
カフェカウンターの壁面は赤い塗料で、1本1本が自らの存在を確認するかのような作業だった筈だ。それは夢の実現に奢ることなく、
直向きにエスプレッソの道を究めようとした若き日の門脇洋之氏そのものだったのではないか。そしてここが彼のパイオニアワークの原点となるのだが、
その努力にエールを贈りたい。
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田舎のロードサイドにあって、
目を奪う程に洗練された外観で登場したカフェは、SALVIA COFFEEの名もあって直ぐに話題となる。1年の努力を経て、エスプレッソコーヒーをメインメニューとしたカフェは、
ドリップとエスプレッソの比率が半々にまで漕ぎつけている。当時階段を駆け上り始めたスターバックスコーヒーの話ではない。そのエスプレッソメニューの
ほとんどがラテアートやデザインカプチーノである。門脇氏の技術から生まれるそれぞれのカップに歓声を上げる女性客にとって、新しいコーヒー体験の場となったCAFE ROSSO。
彼のその後の活躍は目覚ましく、第一人者としての名声は多くの方々の認めるところとなったのである。
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※ここで 2000 年 7 月の画像を掲載しよう。
カフェがどのような成長の歴史を遂げるか、ページ下部の今回取材の画像と比べていただきたい。 |
左から焙煎コーナー、ケーキ工房、カフェカウンター |
挽売りコーナー |
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<2009年4月>
週末土曜日の夕方とは言え、満車の駐車場から人気の高さが理解できる。
ナンバープレートは近県に留まらず、遠方からの車も多い。コーヒーファンで、ラテアートやデザインカプチーノに強い興味を持つ方々から、
バリスタ修行を目指すセミプロなど、多彩な顧客が日々訪れているのだ。窓から熱心に店内を覗く客もいる。
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店内に入ると年輪の加わりと共に、
道のりの確かさを感じさせる変化に気付かされる。エスプレッソマシーンはWBC公認のマルゾッコがレッドのボディを纏って鎮座している。
門脇氏は開店時のエスプレッソマシーンをチンバリのドサトロンでスタートし、途中でコンチのツインスターに、そしてマルゾッコにと変わってきた。
彼はマルゾッコの優位性をポーターフィルターにあると語る。バスケットが深いのでパウダーの量を調整できること、またエスプレッソの吐出口がV字に切れていて、
細く落とせることなどがポイントのようだ。永く第一線で活躍している彼なりの分析である。
ここまでバリスタとしての門脇氏を取り上げてきたが、彼はロースターとしての自らの将来を見据えている。自分が焙煎した珈琲豆の卸し、
そのためのステップとしてエスプレッソを極め、ラテアートやデザインカプチーノの腕を磨いてきた。エスプレッソは焙煎後23日目の豆が一番美味しいと言う彼の言葉は、
奇しくも私の友人のいう21日目がベストとの説と共鳴し合うのである。鮮度が決め手のドリップコーヒーとは大きく異なるエスプレッソの道を、彼は折り合いをつけながら歩んできた。
そして「ラテアートに大切なのは想像力」という彼の言葉を最後に添えさせていただく
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