コットンパワーフィルターへの強い思い

― 森光宗男さんに感謝しながら ―

1994 年からデュニコンビカップの販売に取り組みました。その中でコーヒー会社や自家焙煎店を周りながら、魅力的な多くの 「珈琲人」 に出会います。それぞれがコーヒー会社の経営者や、コーヒー店を営む方々でした。営業活動で訪ねながら、コーヒーの知識やさまざまな情報を教えていただき、多くの方からコーヒーについてのお考えや拘りをお聞きしました。私はそれまで 20 年以上に渡って紙製品を中心に扱ってきたのですが、そこでは川上から川下までのはっきりした流れがあります。商品は装置設備された工場で生産され、商社や問屋が流通を担っていました。しかしコーヒー業界では多くの場合、製造者が直接販売を担っていたのです。

コーヒー会社や自家焙煎店を周り始めたときに気付いたのが、そうした顧客との接点の違いでした。訪問した多くのコーヒー会社が、本社や営業所内または近隣に直営店を持ち、消費者に直接販売しています。自家焙煎店の多くは挽き売り店であり、コーヒー専門店や喫茶店を兼ねていることもあります。自らが拘るコーヒーに親しんで欲しいとの思いから、自家焙煎に取り組む方々を知りました。苦労を厭わずにコーヒー産地を訪ね、現地の歴史と文化を辿りながら、埋もれた真実を探求する旅を続ける方にもお会いしました。

そうした方の一人が、当時福岡市中央区今泉にあった 「珈琲美美」 の森光宗男さんでした。森光さんとの出会いは コーヒー文化学会の 「コーヒーを楽しむ会」 から始まります。この会は金沢キャラバンサライの西岡憲蔵さんにお誘いいただきました。「こんな会があるから参加してみたら」 とのお誘いでしたが、コーヒーに興味を抱き始めていたこともあり、参加するようになります。どんな方かも存じ上げないままご挨拶し、福岡出張時にお店を訪ねました。勤務先の福岡営業所には毎月出かけていましたので、時間を見つけては 「珈琲美美」 に顔を出させていただきました。森光さんのネルドリップコーヒーをいただき、少し言葉を交わした帰りに、コーヒー豆を購入、ネルとネル枠を求めたことがあります。家庭ではコーヒーメーカーばかりでしたが、折角の森光さんのコーヒー豆ですから、ネルドリップコーヒーで楽しみたいと考えたのです。

佇まいも美しい 「珈琲美美」
福岡市中央区赤坂 2-6-27

しかし家庭でのネルドリップは手間がかかります。まずネルの管理が大変でした。使い始めはコーヒー液に浸したネルを水洗いして絞ります。乾いたタオルで叩いてネルの水分を抑えます。挽いた珈琲を入れて粉を整え、静かにドリップします。「珈琲美美」 流の点滴抽出ですが、学生時代は化学専攻でしたので駒込ピペットと同じだ、と懐かしい記憶が蘇りました。化学分析では試薬の注入量を加減しながら検体の小さな変化を見逃さないよう目を凝らします。慣れるとポイントが見えてきます。

抽出後は粉を捨ててネルを水洗いし、タッパーに新鮮な水を入れ、ネルを浸して冷蔵庫に収めます。その時一番気になったことが、抽出後のコーヒー粉のことでした。網目の水切り袋では流れ出てしまうのでダメ、三角コーナーにペーパーの緻密な水切り袋を使うと、少しすると目が詰まるのです。苦肉の策でしたが、ペーパーフィルターに粉を捨てました。しかしネルを洗う段では、ネルに絡まった粉が流れます。洗うのですから当たり前ですが、当時の住まいは横浜市郊外の大規模団地でした。12 階建ての 8 階の角部屋で、一棟で 100 世帯以上になります。富士山を眺めながらの生活が気に入った部屋でしたが、排水管に粉が流れ出るのは避けたい。コーヒーの抽出後も油分は残りますし、排水管内に溜まれば影響があるのではないかと考えたのです。実際には定期的なメンテナンスで排水管の高圧洗浄を行いますが、やはり自宅でのネルドリップは続けられないと思いました。時間の忙しない当時の、安易な妥協だった面もあります。

そうした理由から、ペーパーフィルターをネルに近づける方策はないかと考え始めました。その数年後に、 (株)しょうはんの 森昌美社長からお話をいただいたのが、コットンリンターパルプの混抄でした。木材パルプと綿花の産毛を集めたコットンリンターパルプで原紙を作ります。その紙でペーパーフィルターを作るという魅力的な内容でした。私が混抄比率の同定作業と品質検証を行いましたが、原紙の試作は難航しました。太く長い木材パルプと、細く短いリンターパルプはで繊維の形状が異なります。リンターパルプが多いとパルプ繊維の隙間に入り込んで濾過性能が落ち、リンターが少なければ濾過は早いのですが、ネルに近いという利点が得られません。何度かテスト抄紙を繰り返しながら絞り込みました。約4ケ月後にこれはどうかという原紙が届きました。原紙の数値データは押さえましたが、目指すのはネルドリップコーヒーに近い味わいです。知人の自家焙煎店やお付き合いのあるコーヒー会社にテストフィルターを送りこみ、分析と検証を何度もお願いしました。その数 20 社 100 人ほどになるでしょうか。届いたレポートは悩ましいものでした。

検証依頼先各社からご回答いただきましたアンケート用紙

「違いが判らないし、必要と思わない」 との声がおよそ 2 割。中には 「本当にネルドリップに近い味わい」 との嬉しい声も 2 割ほどありました。さらに 「今までのフィルターよりもなめらかでいいと思う」 が 2 割、「コーヒー液に濁りがなくて良い」 との声もありました。全体で 6 割ほどが肯定的な回答で、2 割が良く判らない、 2 割が否定的という結果でした。特徴的な評価として 「雑味がなく、やわらかい味に仕上がる」 との回答がありましたが、これはコットンパワーフィルターの評価の声と重なります。しかしコーヒー豆の特徴を弱めてしまう」 という意見もありました。 レポートでは 「抽出時間がやや長い」 との回答があるものの、「実用範囲内だと思う」 と付け加えられていました。

ここで考えたことがあります。コットンリンター混抄フィルターの検証で重要なことは、積極的な評価をいただいた方々の声を直接聞くことでした。人によって意見が異なることはどんな問題でもあります。化学でも定性分析と定量分析がありますが、それは素性を見ることと数値を見ることの違いです。「まろやかで良い」あるいは 「味わいが弱くなる」 は同義語と考えられるのではないか。特に 「雑味がなく飲みやすい」 との声が、コーヒー会社の技術者から複数寄せられました。自家焙煎コーヒー専門店の同じカウンターでも、コーヒーにより、ネルとペーパーを使い分けているという声もありました。最後に 「ネルの特徴とペーパーの簡易性がいい」 という、徳島珈琲美学 (現 徳島 Coffee-Works) 小原博さんの声に後押しされました。

製品の最初のお披露目となったのが、2004 年 6 月 19 日、金沢での 「挽き売り懇親会」 の定例会でした。検証作業にご参加いただいた以外の方に、コットンパワーフィルターを初めて手にしていただく真剣勝負の場です。結果は幸いなことに 「これはいいよ」、「うちでも使うよ」、という声が聞かれたのです。中でも神戸マツモトコーヒーの松本行広さんや、東京ブラウンチップの繁田武之さんには、その後も販売で助けていただきました。この 20 年を支えていただきました 「挽き売り懇親会」 メンバーには感謝しています。

もちろんこのペーパーはネルドリップの代替え品ではありません。街にネルドリップのコーヒー専門店や喫茶店があり、ペーパードリップの喫茶店やカフェがあり、エスプレッソバリエーションのカフェやコーヒーショップがある。そうしたコーヒーシーンを豊かにしたい、家庭で楽しむコーヒーを美味しくしたいとの思いが原点でした。

現在のコットンパワーフィルターですが、漂白パルプもコットンリンターパルプも北米からの輸入パルプです。これは開発当時から変わりません。以下がそのメーカースペックです。

木材パルプ原料

リンターパルプ原料

食品分析証明書

ペーパーによるハンドドリップは喫茶店やコーヒー店だけでなく、多くのカフェで採用されています。これはブルワーズカップなどの影響もあるのでしょうが、エスプレッソ系のアメリカーノや、コーヒーアーンでサービスされるコーヒーからの動きもあります。それを後押しするのが濁りのあるコーヒーに馴染めず、ネルドリップコーヒーを始めとした様々な抽出方法を育んできた、我が国のコーヒー文化と国民性にあると思います。そしてカフェのコーヒーメニューをエスプレッソマシーンだけで賄いきれないのは、国内だけの現象ではありません。ハリオの V60 やカリタのウェーブが世界的な成功を収めていますが、それはスペシャルティーコーヒーの抽出方法として評価された証です。その理由の第一が、ハンドリングの良さとスッキリした味のペーパードリップにあると思うのですが、目の前で行われるバリスタの美しい抽出所作がそれを支えています。

商品化に当たって最初に目指したのはホームコーヒーでした。家庭用コーヒーマシーン向けの台形#101 (1-2 杯用) と#102 (2-4 杯用) を準備しましたが、自家消費で気付いたのがもっと大きなサイズです。自宅では 2~3 人分のドリップでも、コーヒーマシーンは 8~10 杯用を使います。長く使用しているカリタ ET-103 は既に3台目で、10 年以上使い続けているコーヒーメーカーです。業務用で飲食店やオフィスコーヒーサービス向けの機種ですが、価格はリーズナブルです。使用フィルターは台形#103 (4-8 杯用)、最大水量は 1500cc。蒸らしができ、抽出流量がノブで調整できるほか液だれ防止機能もあります。抽出中には天面上部からスチームが噴出する様子はなかなか楽しいもの。そして抽出湯温が 90℃ほどで、高過ぎないことも選んだ理由です。

カリタ ET-103 抽出中

抽出中と保温時のコーヒーは 80~82℃で維持されます。加えて ET-103 とコットンパワーフィルターで淹れたコーヒーは濁りがありません。

自宅では 2 人なら 6 カップ分、3 人なら 8 カップ分を淹れますが、朝食時のコーヒーは大きなマグカップでたっぷりいただきます。そのために台形の#103 が必要でした。その後に円錐の 1~2 杯用と 2~4 杯用を発売しましたが、今は円錐が多くなっています。これはハリオ V60 の普及効果によるものと考えています。

最近のコットンパワーフィルターはカフェからのご注文が多くなり、中にはコーヒー好きな個人と思われる方々からのご注文もいただきます。Cafegoods-shop では、販売最小単位が 10 パック(600 枚)となるのですが、発売元としてパック単位での販売ができないもどかしさを感じています。

最後に私がお世話になり、お返しもできないままのお別れとなった森光宗男さんの言葉を、その著作から引用させていただきました。出典は下記の通りです。

「珈琲屋」 著者 大坊勝次 森光宗男 (対談集)
株式会社新潮社 2018 年 5 月 30 日発行

対談 2013 年 10 月 15 日 福岡市中央区赤坂 「珈琲美美」 にて
(49 ページ上段)

【森光】 そもそもなぜペーパーじゃなくてネルかというと、コーヒーのアロマはオイルにしか溶けないからなんです。つまりペーパーだと、コーヒーの命である香りの部分を吸いすぎてしまうので、十分な美味しさを引きだすことができない。確かに昨今のコーヒー業界は、手軽なペーパーで簡単に入れられますよなんて発信していますが、決してそんなことじゃなくして、やっぱりそれだけ時間とか手間とか思いが中に入って初めて美味しいものができると僕は思います。だから、ハンドドリップなんだよね。

大坊勝次 森光宗男 「珈琲屋」

商品完成後にサンプルを送らせていただきましたが、軽い気持ちで送るべきではなかったかも知れません。「うーん、しかし僕はネルドリップだなあ」 との森光さんの笑い声を思い出します。しかし、ネルドリップの専門店に通い慣れているお客様も、ご自宅ではどうしているのだろうと考えることもありました。

初期製品は未晒含む3種のパルプを使用

試行錯誤しながら原紙を特定し、多くのコーヒーマンに検証をいただきながら商品化したコットンパワーフィルターですが、発売から間もなく 20 年になります。その間の 2010 年には、チリ地震による現地製紙工場の被災で、良質な未晒しパルプが調達できず、コットンリンターと晒しパルプの混抄原紙に変わりました。また開発メンバーの一社で製紙メーカーの株式会社大粧が 2013 年に自己破産し、丸網ヤンキーの抄紙機が解体されたことから、製紙工場を変更させていただいたこともありました。そうした困難を乗り越えながらの 20 年でした。途中で絶えて止む無しの道のりではありましたが、森社長の踏ん張りに何度も助けられました。何よりも二度の販売一時停止という場面にあって、再製造をお待ちいただき、その後も変わらずにお使いいただきました多くのお客様に励まされたことに感謝し、今も心に刻んでおります。

カフェグッズのコットンパワーコーヒーフィルター

円錐 1~2 杯用

円錐 1~4 杯用

台形 #101 (1~2 杯用)

台形#102 (2~4 杯用)

台形#103 (4~8 杯用)

台形のコットンパワーフィルターは視認性の高い、自立型のパッケージを採用しております

当初から OEM でご採用いただきました 珈琲サイフォン(KONO)さんの 「コットンペーパー」 に加えて、最近では KINTO さんの 「Cotton paper filter」 や、珈琲考具さんの 「コットンフィルター」 と相次いでご採用いただきました。

コットンパワーフィルターを開発できたことに安堵するとともに、発売後 20 年という節目に迎える喜びを感じております。

永らくご愛用いただきます皆様に、改めて感謝申し上げます。

2022 年 6 月

小林 文夫

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