私がコットンパワーフィルターをつくった理由

カフェグッズの創業準備中に、アートナップの森社長から連絡がありました。新しいコーヒーフィルターを企画しているが、開発と検証に参加いただきたいとの趣旨でした。デュニコンビカップのパートナーとなっていただいてから、話す機会も多く、コーヒーフィルターなら小林さんだとなったようです。今までにない原紙だが詳しくは直接話したいとのことで、後日、開発にあたる3社が東京に集まる席に参加しました。聞くとこれからどう進めようかと思案中で、できれば品質検証と今後の販売をお願いしたいとの依頼でしたがその場で快諾しました。

今までにない原紙のポイントはコットンリンターパルプを漉き込むというもの。ネルドリップの効用を、手軽に紙で実現できないかという発想です。ネルドリップコーヒーのクリーンな味わいと、舌に残るまったり感はコーヒー専門店の醍醐味ですが、ネルの管理は思いのほか大変で、家庭用で常用するにはとてもハードルが高い。この切り口は確かにコーヒー愛好家には面白いかも知れない。しかしコットンリンターパルプは繊維がとても細かく、漉き込む割合が問題になる。多ければ目が詰まり、ろ過速度に影響してフィルターの役目を果たさない。混抄率の同定はとても困難な作業でしたが、多くのコーヒー会社の方々や自家焙煎店オーナーの方にご協力をいただき、何とか完成に漕ぎつけました。名称も私のネーミングで「コットンパワーフィルター」と決まりました。その後も2010年チリ地震による現地工場の被害で指定パルプの供給が途絶えたり、開発メンバーだった製紙工場が自己破産に追い込まれたりの紆余曲折を乗り越えて今に至っております。完成すればコーヒー市場に一石を投じられる、という信念は今も変わりません。

以下は過去に書いた「コットンパワーフィルターのコンセプト」からの一部転用になります。

① ペーパーフィルターの登場

レギュラーコーヒーの抽出は、現在ペーパードリップ方式が最も多く使われています。家庭用コーヒー市場とオフィスコーヒー市場については、そのほとんどがペーパードリップ式です。また飲食やサービス業などの業務用市場で使われる大型のドリップマシーンから、カフェやコーヒー店のハンドドリップに至るまで、ペーパードリップが最もポピュラーな抽出方法です。

歴史を遡ってコーヒー飲用史を振り返れば、コーヒー豆を砕き、煮出して飲んだことから始まります。偶発的な飲用の起源には上澄み液を飲むコーヒーでしたが、いつしか濾過して飲むコーヒーが開発されて徐々に広まっていきました。濾すには濾過機能を有する何らかのフィルターが必要です。網や布など様々な素材や形状のフィルターが登場するのですが、ペーパーフィルターの登場により、コーヒー市場が急速に拡大する条件が整いました。ペーパーフィルターと専用のコーヒー器具を使えば、誰でも手軽に、美味しいコーヒーが抽出できるようになったのです。

② コーヒー市場の広がり

日本のレギュラーコーヒー市場が最盛期15万店ともいわれる喫茶店に支えられていた時代は、サイフォンと並んで、ネルドリップやペーパードリップのコーヒー専門店が軒を並べていました。次いで大型のコーヒーマシンを導入した外食産業の登場と目覚ましい成長があり、それに続いて、当初は企業内の福利厚生目的で登場したオフィスコーヒーサービスの急速な普及によって、コーヒー市場は拡大してきました。こうした新しい市場のコーヒーのほとんどはペーパードリップ方式のコーヒーマシンで提供されるのですが、かかる場所でコーヒーに親しみ始めた多くの人々によって、家庭内にレギュラーコーヒーが浸透してきたのです。個人で楽しむ一杯から、イベントやコンベンションの数千杯規模に至るまで、あらゆるニーズに対応するコーヒーサービスは、ペーパーフィルターに支えられた感があります。まさにコーヒービジネスの土台をしっかりと支える存在なのです。

こうしてみると最初にペーパーフィルターを考案したメリタ婦人の功績は、もっと評価されてしかるべきです。家庭で美味しいコーヒーを飲ませてあげたいという愛情から誕生したペーパーフィルターの歴史は、優に100年を超えます。

③ コーヒーペーパーフィルターの現状

現在では家電店を始めとして、スーパーやホームセンターの店頭には多種多様のコーヒーメーカーが並んでいます。一家に一台とも言われるこれら家庭用コーヒーメーカーは、そのほとんどがペーパードリップ式です。普及するにつれて家庭でのペーパーフィルター消費量が増大するのですから、国内外製品入り乱れての販売競争になるのは自然の流れ。そして当然の帰結ですが、ペーパーフィルターは乱売商品となり、店頭の価格低下に歯止めがかかりません。100円ショップを始めとして、スーパーやホームセンターの店頭では、有力ブランドのエコフィルターが安価で売られています。ノーブランド品や輸入品の一部にはギリギリまで紙を薄くした結果、耳がなければ開けないペーパーまで登場しています。断裁の圧力でくっついてしまった薄いペーパーに、苛々した経験を持つ方も多いのではないでしょうか。しっかりした紙質と厚みのあるペーパーフィルターは、チャック部を交互に折れば自然に口が開くものです。

こうして価格が安くなる背景の一つには、ペーパーによる味の違いに感心が薄いコーヒー業界や消費者の存在があります。長い間の高度成長で、大量生産と大量販売のシステムがコーヒー市場の拡大を支えていたのですから、消費者が入手できる商品の多くはロングライフコーヒーでした。焙煎日から1年以上の賞味期限をもつコーヒーの登場は、包装技術とパッケージの進歩に支えられたのですが、全国どこでもレギュラーコーヒーが手に入るメリットを提供しました。

その市場が飽和し始めると、切り口を変えた商品が登場します。週間焙煎コーヒーや月間焙煎コーヒーという鮮度を看板にする商品です。こうして鮮度が美味しさのキーワードとなり、最近では、生豆の品質からカップまでのトレサビリティがキーワードになりつつあります。急激な進化ですが、実にあっという間の出来事です。そして今は産地や農園と直接コンタクトを取り、納得できるコーヒーを提供する多くカフェや自家焙煎店が広がっています。こうして確実にグレードアップしていくコーヒー市場の中にあって、ペーパーフィルターは一人蚊帳の外の感があります。様々な抽出方法が開発・提案され、それぞれのコーヒーに適した方法で楽しむことが可能です。カフェグッズでは最も簡便なペーパードリップを美味しくしたいと願っています。

④ 環境問題とペーパーフィルター

環境意識の高まりを受けて、挙って無漂白や非木材パルプの製品が店頭に並んでいますが、反面でペーパー本来の使命である、コーヒーを美味しく抽出することへの拘りがあまり話題になりません。実際、無漂白パルプ製品には、木材に含まれるリグニン*の臭いが強く残り、コーヒーの味や香りに悪影響を及ぼすものがあります。茶色い無漂白(未晒しクラフト)紙袋に鼻を突っ込むとツーンとくる刺激臭がありますが、あれがリグニンの臭いです。ペーパードリップコーヒーでツーンとくる嫌な味は、多くの場合ペーパーから溶出したリグニンが影響しています。

コーヒーを楽しむためには、ペーパーなんて何でも同じと思う固定観念が壁になります。姿形があまり違わなくても、実際には雲泥の差ということはよくある話の一つですが、ペーパーフィルターも同じです。フィルターの役を果さない素通り状態のペーパーがあったり、紙臭くてコーヒーの香りを妨げたり、さらにはリグニンが溶けだしてツーンと嫌な辛みを感じるものがあります。コーヒーから出るエグミや雑味とは明らかに異なる味です。

またコットンリンターは綿花を原料とするパルプで非木材紙であり、木材パルプの削減を通じて環境に寄与しています。

*リグニンとは 木材の繊維どうしをくっつける接着剤の役目を果している物質です。木材には広葉樹で20%、針葉樹で30%ほどリグニンを含むのですが、薬品によるパルプ化で多くは溶解されるものの残留は避けられません。特に無漂白パルプ製品には強い傾向がみられます。

⑤ コーヒーの美味しさを広めたい

喫茶低迷期からコーヒーショップの台頭を経て、シアトル系などエスプレッソカフェの急激な出店で、コーヒー市場の拡大が続いています。またSCAJの誕生や、コーヒー商工組合連合会の危機意識から誕生したコーヒー鑑定士検定制度のスタートなど、品質に対する評価基準が確かなものになってきました。

一方で熱心なコーヒー会社や自家焙煎店では、高品質生豆の安定仕入れにチャレンジする動きが活溌です。産地国のオークションやコンペディションに参加する日本のコーヒー関係者は多く、今や国内コーヒー市場の階層は大きく広がりました。美味しさのためにコーヒーを造り、美味しさのためにコーヒーを淹れ、美味しいコーヒーを楽しむ構造が揺るぎないものになっています。そうした動きに刺激を受けながら、コットンパワーコーヒーフィルターを販売しています。コーヒーの味をペーパーで壊すことがないようにと思い、コーヒーの美味しさ体験を多くの方に重ねていただきたいと願い、お届けしています。

またコーヒー専門店で評判の良い、円錐形ドリッパーのコーノ式があります。この名門ペーパーフィルターにもコットンペーパータイプがあります。この商品も、森社長が開発し、私が検証したコットンパワーフィルター原紙を使っています。

カフェグッズでは、ペーパーフィルターでハンドドリップをされているカフェやコーヒー専門店からご家庭まで、あらゆる場所のコーヒーを美味しくしたいと考えています。そのためにペーパーフィルター1枚まで大切にしていただきたいのです。

最後に伝えたいことがあります。過去にもチリ地震の影響などの世界的な要因による影響を経験しましたが、現在はさらにグローバルです。紙パルプの多くは海外からの輸入に頼り、良質の原料は奪い合いになる。またコンテナの入手難による価格高騰に加えて、既に原油高が招く海上運賃の上昇があります。また長引く円安のダメージが輸入商品全般に圧し掛かっています。

これはコーヒーも全く同じで、過去には見られなかった大幅な価格上昇が起きています。コーヒーは特に相場の影響が大きく、不作で収穫量が減少すれば、すぐに投機の対象となり、マネーゲームに翻弄されます。

おいしさの決め手である農園の豆が限られてきたら、あの豆が入荷しなくなった時には、という考えたくもない困難に捕らわれないことを祈るばかりです。

2021 年 11 月

小林 文夫

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