「カフェ」という小雑誌のこと

20年ほど前のことですが、「カフェ」という小雑誌がありました。発行元は文芸社で編集は横浜の枯野社が行っています。当時は既にスターバックスコーヒーの全国展開が始まり、カフェブームという言葉が雑誌に目立った頃です。2001年10月にスターバックスの店舗数が300店を超えていますが、個人経営のカフェはまだ都会でも多くはなかった。もちろん地方にも評判の高いカフェはありましたが、市中では喫茶店やコーヒー店とカフェの違いもよく分からない。その時代に雑誌「カフェ」は一人の女性の夢と情熱で誕生しています。

その方が枯野社の代表で編集人の伊藤千枝美さんです。まだ市民にサードプレイスという言葉は耳新しく、それぞれが発信する情報も豊かではなかった。想像するに覚悟の船出だったろうと思います。それでもパートナーやスポンサーを開拓し、取材に編集にとエネルギッシュに活動していました。

私の手元には、2001年スプリングの第6号1冊しか残っていないのですが、今見ても立派な雑誌です。

伊藤さんから突然原稿の依頼があったのは2002年だったと思います。

全国を回りながら感じた事や考えられたことを書いて欲しいとのご依頼でした。一度はお断りしたのですが、その後もお電話をいただき、お役に立つのであればと引き受けました。そして書き上げたのが「日本のコーヒーは変わる」という拙文でした。

デュニコンビカップを持って全国を周り、コーヒー会社や自家焙煎店を訪問した件数は多いけれど、その先の姿を思うと正直に不安な思いがありました。外資系カフェの、大きな流れに巻き込まれない明日があるとすれば、という視点で書き始めることに決めたのは、私自身がスターバックスジャパンとの取引を経験していたからです。本部スタッフや広報の方々との交流もあり、このうねりの怖さを身近に感じていました。

残念ながら「カフェ」は、私の原稿を掲載予定の号が発行されず、そのまま廃刊となりました。入稿後まもなく、発行できない旨のお詫びを伝えられましたが、伊藤さんには大きな痛手だったでしょう。夢を諦めざるを得ない心情と、その夢に共感して支援し、協力を惜しまない方々への裏切りにも似た苦渋は、耐え難いものではなかったかと思います。しかしこの時代に「カフェ」という雑誌が存在したことは、注いだ努力を評価されても、非難されるべきものではありません。例え小さな一歩でも、いずれ世界を変える力となることがあるのですから。

日本のコーヒーは、銀座カフェ・パウリスタの開業から110年余りになります。ドトールコーヒーショップ1号店からは42年、スターバックスコーヒー1号店からは26年と、その多くは半世紀にも満たない世界なのです。

しかしながら50年を超えて、揺るぎない喫茶・珈琲店は全国に存在しています。多くは個人の頑張りで歴史を紡いできた方々です。その方々が愛着を持って使い込んできたコーヒー抽出器具が、現在世界で評価されています。

これは特に若い方々に知っていただきたいと思います。実際にWorld Brewers Cupで使用されている抽出器具の多くはMade In Japanですが、それらのメーカーを支え、製品を磨き上げて改善を促してきたのは、そうした多くの珈琲人です。もちろん今の優位性が永遠に続くことはないでしょう。これから大きく変わる可能性もあるし、であれば誰にでもチャンスがある。

コーヒーを信じていれば、考える楽しさはいつまでも続きます。

今回の最後に出稿した当時の原稿のまま、「日本のコーヒーは変わる」を全文PDFで添付します。やや長いので画像はカットしましたが、その時代を感じていただければ幸いです。

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その時に取材させていただいた3社の現在地ですが、ひたちなかのサザコーヒーさんは地元茨城を始め、東京とその近郊に15店を展開しています。また海外にもその名を知られており、日本有数のコーヒー会社と評価される存在になっています。

札幌の宮越屋珈琲さんは東京出店を果たし、都心に複数の珈琲専門店を構えています。今や東京の宮越屋珈琲といった感があります。珈琲専門店としての姿とカフェとしての姿、そのどちらもが秀でた稀有な存在と云えるのではないでしょうか。

その中で徳島の珈琲美学さんは、TOKUSHIMA COFFEE WORKSと屋号が変わりました。このことは避けて通れないので、その事情は当時の拙文を抜粋してPDFを添付しています。今の時代には、どなたにも起こり得る問題として、できれば知っていただきたいと思います。

現在は創業店「でっち亭」をLabo・珈琲研究所に代えて原点に拘り、セミナーやコーヒー教室などの啓蒙活動に注力しています。地元で評判の高い珈琲専門店は変わることなく賑わっています。またLaboに併設する焙煎工場には、2006年に念願のビンテージ・プロバットを設置し、一層珈琲漬けの毎日です。

やはりコーヒーに終わりはない。

( PDF2 )

2021 年 8 月

小林 文夫

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