ステーキカバー、って何だ?

これもロイヤルさんからいただいたお話です。

ファミリーレストランの競争が激化すると、料理とサービスで評価が高いものの、さらなる差別化を目指します。創業者に示されたのがステーキメニューを充実することでした。そのイメージは料理を熱々の鉄板に乗せ、客席でソースをかけて提供するというもので、鉄板までオリジナルで準備されていました。そのためにソースの飛沫防止の方法を考えることになったのです。最初に示されたスケッチを見て、絶句しました。「作れるけど価格が高すぎる」あるいは「人手がかかりすぎて供給が不安だ」と頭を抱えたのです。理由はそのスケッチにありました。ホテルの鉄板焼きコーナーのようにかぶせるタイプのステーキカバーに近いものでした。ただ一番の違いは円錐形の上が開いていて、焼き具合を見ることができます。煙や音や香りでシズル感を訴求できる素晴らしいアイデアでした。形状は山笠の上を切り取ったものといえば近いでしょうか。私が絶句したのは紙の取り都合を考えたからです。このままでは周囲を小判型に打ち抜くことになり、全紙から1枚、良くて2枚しか取れません。全紙版のクラフト紙が1枚20円だとすると、紙代だけで10円から20円です。1枚30円を超えるアート紙では15円から30円となるのです。それ以外にもビク抜きやモギリが必要で手間がかかり過ぎるのです。そこで預からせていただき、印刷工場との折衝を重ねました。その結果は単純なものでしたが、考え抜いた提案でもありました。一番悩んだのが使用する原紙をどうするかでした。印刷の仕上がりではアート紙やコート紙がお勧めですが、いくつか問題があります。十数センチの高さになると腰が弱くてきちんと自立するかという問題や、ソースが飛び、熱と煙でいぶされた場合に機能が果たせるのかという不安でした。結局クラフト紙なら繊維が長くて強度もあり、紙の腰もあって最適でした。それでも紙の流れ(縦目、横目)は慎重に検討しました。

紙の取り都合を第一に考えた結果、単純に長方形としました。何通りもの高さでソースの飛沫防止効果を検証していただき、コスト削減を最大限に見込めるサイズも提案しました。商品開発チームでの検証結果が届いたときに、これで不安なく進めると安心できました。

コスト削減効果を追求したサイズとは、ハトロン半裁判でぴったり6面取れます。仕上げは断裁と切り込み加工だけで済むことになりました。細かいところですが、印刷機に必要な紙送りの咥え分には、デザインを入れないという協力も得られました。これで化粧断ちも避けることができたのです。煩いことをいう業者だと思われたかも知れませんが、そのデザイナーとはその後、様々な仕事でご一緒しました。イラストレーターを勉強するきっかけも彼の助言からでした。

実際の店舗サービスの現場では、長方形のカバーの左右を組んで輪にしています。作業性を考えて両手を使う差し込みを避け、切り口を上から下にはめ込むだけにしました。これだと慣れれば片手で組立ができます。紙自体は半更紙クラフトで明るい薄茶色ですが、デザイナーによる素敵なデザインが決まりました。濃茶の1色印刷でシックに仕上がり、汚れも目立ちにくく好評でした。その後どこのお店でも、客席のテーブルでステーキを焼く煙と、音と香りによるシズル感が注目を集めて大人気となります。商品開発冥利があるとすれば、これもその一つだったでしょう。商品開発チームには頭が下がります。

もちろんステーキやハンバーグメニューでは、他店でもいろいろな方法でシズル感を演出しています。ディナーナプキンやランチョンマットなど様々ですが、ロイヤルさんのステーキカバーは、ステーキのために開発されました。目的が明快ですから楽しかったです。

最近知ったのですが、今では紙のステーキカバーとして、厨房用品のカタログにも掲載されるアイテムになっています。紙は同じ半晒しクラフトを使っているようですが、カタログを見ると差し込み勘合のようです。

今でもステーキは人気の食事だと思うのですが、その価格帯はとても広い。1000円以内で食べられるものから数万円まであるのでしょうが、主要な食材は牛肉です。日本ではまだ少数意見かも知れませんが、海外では地球温暖化防止の視点から、牛肉を食べるのを止めようという動きがあります。飼料穀物の生産活動と、牛などの反芻動物のゲップ(メタンガス)による温室効果が問題とされているようです。牛肉を食べる食習慣を見直す動きと、大豆などの穀物を使った代用肉の開発も進んでいます。まだ知らないことも多い問題なので、詳しく調べてみたいと思っています。牛はゲップを止められないし、私も丑年ですから。

まだ駆け出しの営業マンだったころ、ステーキのズムズムという会社と取引をさせていただいたことがありました。店舗は横浜や町田や相模原など、特に16号バイパス沿いに多かったと思います。今も何店舗かあるのですが、当時の本部は田園都市線のすずかけ台駅近くのビルで、何度か訪問しました。創業者の世良田社長の話を夢中で伺ったこともあります。特に社長が話されていた、「週に一度はステーキを」という言葉を強く覚えています。国民が豊かさの階段を駆け上ってゆく中でも、食事の豊かさを真っ先に提供したいというレストランでした。当時は贅沢品と言われかねないステーキを、日常的に味わってもらいたい。そのためには価格もリーズナブルにしたい。しかし品質には拘りたい。ともすればこうしたジレンマに悩みながらも、お客様をお迎えし、その笑顔と「おいしかった」という言葉のために頑張る。遣り甲斐はそこにあるのかも知れません。世良田社長はそういう人でした。

その世良田さんは後年、あざみ野の東急スポーツガーデン近くでビストロをされていましたが、もっとお話を伺っておきたかったと思うこの頃です。

2021 年 5 月

小林 文夫

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